2007年に世界遺産へ登録。戦国時代から江戸時代にかけての日本最大の銀山であった。大内弘幸が鎌倉時代末期に銀を発見したという記録が残っているが、本格的に採掘が始まったのは16世紀になってからである。領主である大内氏が銀の採掘を続けていたが、尼子氏、毛利氏との間で銀山の争奪戦を繰り広げ1562年には毛利氏が完全に掌握した。しかし、毛利氏が豊臣秀吉に屈服すると、豊臣氏との共同管理となった。江戸時代には幕府の直轄地となり採掘は続いた。明治に入ってからも経営は続いていたが、水害などの被害があり、戦時中に完全閉山となった。
石見銀山の特徴は、山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式であり、その概念は21世紀に必要な環境への配慮がすでになされていた事で満場一致で登録となった。